短歌とは何か、決まりごとや特徴、歴史について


私たちは、暮らしのなかで様々なことを感じながら日々を過ごしています。
もっとも、すぐに忘れてしまう気持ちが大半ですが、時には非常に強く感じて動揺してしまうことも少なくありません。

たとえば思いがけないある出来事に遭遇して深い悲しみを抱くことがあります。
そんなとき私たちは、精一杯悲しみを背負いながらがんばろうとすると思います。
と同時に、悲しみの気持ちを誰かに聞いてほしくなるはずです。
そばに家族や友人がいれば、その人たちにきっと悲しみを聞いてもらおうとするでしょう。
心はつねに外に向かって表現されることを求めているからです。
外に向かって表現されることで心は常に落ち着きを得ることができるのです。

では、そばに聞いてくれる人がいないとき、あるいは近くの親しい人にはかえって打ち明けたくないときなどは、どうしたらいいでしょうか。
日記を書くという人がいると思います。
もう一人の自分に話を聞いてもらう漢字で日記を書くわけです。
じつは日本人が心の日記を書くように長い間にわたって大切にしてきた心の表現形式が短歌なのです。
「古今和歌集」といえば、十世紀初めに成立した最初の勅撰和歌集です。
その仮名序で紀貫之が次のように記していることは有名です。
いわば日本最初の歌論です。


「やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繋ぎものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり、」

やまと歌、今日で言う短歌のことですが、「心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せる」ことこそが本質というわけです。
「言ひ出す」とはまさに言葉を外に出すことです。

そのときに短歌が57577の決まった形式をもっていることが重要です。
心のなかに思っていることはまだ整頓されてなくて、未秩序の状態です。
しばしば混沌状態のそんな心のなかをしっかり見つめて言葉によって秩序化することは心の安定のために必要です。

そのときに57577の形式が援助してくれるので、誰かに聞いてもらっても心は落ち着きますが、他の人に聞いてもらわなくても一首に仕上げるプロセスのなかで心のなかが少しずつ整頓され、自分で自分の気持ちや考えをつかめるようになるのです。

57577という形式の重要なもう1つの点は、この形式が1300年以上変わることなく続いているということです。
これまでどれだけの数の人間が57577を恃んで歌を詠んできたことでしょう。
短歌とは、一定の形式によって心を表現する、長い伝統をもった文芸です。
そして、自らの作品を受け止めてくれる読者の存在を想定するものです。
そこに言葉と他者に対する不信感の広がっている現代社会における、短歌の意義と魅力があるのではないでしょうか。


短歌の特徴

短歌の詩型は57577です。
その起源については、長歌の末尾が独立した説や、旋頭歌の第三句の7音が省略されたとする説などがあります。
作歌にあたってそれらの知識は特には必要ありません。
ただ、長歌や旋頭歌は今日はほとんど詠まれることがないのに、短歌がずっと1300年も詠まれてきた理由については時に想いをめぐらすことがあっていいでしょう。
詩型があるということは、これは短歌にかぎりませんが、誰に対しても平等であるということです。
権力者であろうと、庶民であろうと、同じ条件です
そして、昔の人と今の人とも差はなく、同じ土俵の上に立てるわけです。

詩型があることは、歌いやすいという利点をもっています。
五句三十一音ときまっているのです。
詩を書くのであれば、どれだけの長さにするかということから考えなくてはいけませんが、短歌では57577があらかじめ与えられています。
それも三十一音と短いので取り組みやすいはずです。
作歌は日常のちょっとした時間も活用できるお手軽さがあります。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です